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甲府地方裁判所鰍沢支部 昭和26年(ワ)7号 判決

原告 角倉真 外一名

被告 土屋忠則

主文

被告は別紙〈省略〉第一目録記載の建物(添付図面(B)(C)の建物)を収去して原告角倉に対し別紙第二目録記載の土地(添付図面六九七全部並七〇〇の二の内黄色線を以て囲んだ部分)を、原告石沢に対し別紙第三目録記載の土地(添付図面七〇〇の一並七〇〇の三の内黄色線を以て囲んだ部分)を夫々明渡せ。

被告は原告角倉に対し別紙第二目録記載の土地に対する、原告石沢に対し別紙第三目録記載の土地に対する、夫々昭和二十五年一月一日以降昭和二十六年十月九日迄一坪当り年額金二十四銭の、同年十月十日以降右明渡済に至る迄一坪当り月額金一円九十四銭の各割合に依る金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は主文第一項乃至第三項同旨の判決並担保を条件とする仮執行の宣言を求めその請求原因として

第一、山梨県南巨摩郡増穂町青柳第六百九十一番地の一、第七百番地の二、第六百九十一番地の三、第六百九十一番地の四の各土地は原告角倉の所有に係るもの、同処第六百九十七番地は同人が訴外秋山幸夫より賃借中のもの、同処第七百番地の一、並第七百番地の三の各土地は原告石沢房一の亡父勇蔵が昭和二年中原告角倉真一より之を買受け同人が昭和二十年十二月死亡したので原告房一が家督相続に依り之を承継取得したものである(添付図面参照)

第二、原告角倉真一の母かめよは当時右真一の親権者たる法定代理人として大正十一年九月訴外亡石沢孝十郎の斡旋により被告の兄忠平と当時桑園であつた第一項の土地七筆につき

(一)  牛乳搾取業のためにのみ利用し他の目的には使用しないこと。

(二)  右営業が経営困難に陥り休止する場合又は原告真一が成人として家業に従事し得るようになつた場合は施設を撤去し現状に復して返還すること。

(三)  地代は一ケ年一坪当り金二十四銭、但し毎年末払いとすること。

との約束の下に賃貸借契約を締結し之を同人に賃貸した。

以上述ぶるが如く右契約は使用目的、返還時期、及賃料を定めた内容比較的簡単なる口頭契約であつて被告の兄忠平が牛乳搾取業のため該土地に具体的に如何なる施設をなすかについては明確なる取極めをしなかつたが、かめよとしては右目的のために簡単な施設をする程度であろうと思い込んでいた次第である。

然るに兄忠平は契約後間もなく前記土地の内第六百九十一番地の一、第七百番地の一、第六百九十一番地の四に跨り木造瓦葺平屋建居宅一棟建坪十八坪二合五勺、木造亜鉛葺平屋建湯殿一棟建坪一坪等(添付図面(A)の1(A)の2(A)の3の各建物)をどしどし建築してしまつたのである。

母かめよはこれらの築造については内心不満だつたが已むなく之を認めざるを得なかつた次第である。

第三、次いで被告は兄忠平よりその頃同人の建築せる右建物の譲渡を受けその所有権を取得すると同時に忠平とかめよとの間に締結された前記土地に対する賃貸借契約上の権利義務を承継し爾来同所において牛乳搾取業を経営して来た。

第四、然るに被告は昭和二十二年末頃より契約当初の目的である牛乳搾取業を全然休止したのみならず原告真一は立派に成人して家業の農業に従事するようになつたので右孰れの点よりするも前記契約第二項の解除条件が成就し本件土地を原告等に明渡すべき時期到来したる次第である。

第五仮に然らずとするも被告は原告等の承諾を受けずして昭和二十四年夏頃より本件土地に被告が建設したる牛舎(添付図面(B)の建物)をダンスホールに改造して使用し或は本件土地を勝手に掘起して農耕地となし農作物を栽培する等契約上の使用目的に反する利用をなしている。この点については既に原告等は被告に対し使用目的違背に因る契約違反を主張して抗義を申込んで来たのであるが茲に改めて右債務不履行を理由として本件賃貸借契約解除の意思表示をする。

第六、仮りに右各主張にして理由なしとすれば原告真一の母かめよは被告の兄忠平に対し本件土地を牛乳搾取業の目的を以て期限を定めず賃貸したことになるものであるところ、原告等は既に昭和二十六年一月二十日鰍沢簡易裁判所に対し本件土地に対する建物収去土地明渡の調停を申立て以て被告に対し解約の申入をなしているから、右申入後一ケ年を経過したる昭和二十七年二月以降は被告の現住する住家の敷地及びその附属部分である囲繞地(即ち別紙添付図面中淡紅色の線を以て囲む部分)を除きたる爾余の係争地(即ち右図面中黄色線を以て囲む部分)に対する賃貸借契約はその効力を失つた次第である。

第七尚被告は原告との当初の契約の趣旨に違背し前記の如く不法の使用収益をなし現に不用となりたる土地を原告に返還せず剰え昭和二十五年当初以降一銭の賃料をも支払はず以て不法の占有を継続している次第である。原被告の居住している増穂町累年発展の一途を辿り土地は益々狭隘を告げている現状である特に本件土地は県道に近接し原告等の住家の地続きにして原告等にとつては本件土地は之を利用することにより辛じて一家の生計を維持するに足る重要なる資産である。

被告は斯様な広大なる土地を祿に利用もせず且地代を支払はず不当なる賃借権を主張しているのである。斯る行為は国家的にみても損失であつて公共の福祉に反し権利の濫用なりというべきである。

第八以上述べる様な次第にして被告は以上何れの理由によるも別紙添付図面中淡紅色の線を以て囲む部分(即ち被告の住居に使用する地域)を除き爾余の部分(黄色線を以て囲む部分にして別紙目録第二、第三記載の土地)をその地上に建設せられある別紙第一目録記載の建物(添付図面(B)(C)の建物)を収去し以て主文第一項の通り夫々原告等に明渡すべき義務あり、尚被告は昭和二十五年一月一日以降現在に至る迄本件土地に対する借賃を凡て滞つているから昭和二十五年一月一日以降同二十六年十月九日迄前記契約に基く坪当り年額金二十四銭の割合による昭和二十六年十月十日(被告に対する本件訴状送達の日の翌日)以降明渡済に至る迄坪当り月額金一円九十四銭の割合に依る夫々借賃若しくは借賃相当額損害金の支払をなすべき義務がある。よつて被告に対し前記建物の収去と土地の明渡並右借賃若しくは賃借相当額損害金の支払を夫々求めたる本訴に及ぶと陳述した。〈立証省略〉

被告は原告の請求棄却の判決を求め答弁として原告主張の第一項並第三項の事実は何れも凡て之を認める。第二項は被告の兄忠平が訴外石沢孝十郎の斡旋により本件土地を賃借した点、右賃料が坪当り一ケ年金二十四銭、毎年末支払の約なる点、忠平が本件土地を賃借後その地上に原告主張を建設した点は何れも之を認めるがその余は否認する。第四項は凡て否認する。原告は被告の兄忠平が本件土地をかめよから賃借したのは牛乳搾取業経営のためであると主張するが、然らずして忠平がその実弟である被告を妻帯せしめて本件土地に分家せしむるためである。牛乳搾取業の如きは当時忠平が甲府市伊勢町にて保寿社なる商号の下に牛乳搾取業を経営していたので被告のためその生計の一手段として本件土地に於て保寿社支店の名の下に牛乳搾取業を為さしめたるにすぎざるものである。よつて本件土地の一部に放牛し搾乳施設を行うことは当事者間において諒解済のことではあつたが原告主張のように本件土地を牛乳搾取業にのみ使用し他の目的に使用しないというような厳格な使用目的を定めたことはない。又営業不振の場合又は原告真一が成人し家業に従事し得るようになつた場合は土地を返還する等定めたことはない。

原告は被告が昭和二十二年末頃以降牛乳搾取業を全然休止していると主張するが、被告が右営業を休業しているのは大東亜戦争以来飼料不足のため乳牛飼育は農家の副業としてする以外事実上不可能なりしためであつて茲数年来は飼料も入手可能となつたので旧業を復せんと計画中であるが本件土地明渡事件のため荏苒今日に至りたるものである。第五項の原告主張事実中被告が牛舎を改造してダンスホールを経営した旨の原告の主張は事実を誣うるも甚しく、又本件土地の一部に農作物を栽培したるは戦時下食糧不足のため国家要請に基く一時的のものであつて而も特に使用目的を限定せざる本件にありては原告より批難せらるべき理由なきものである。原告主張の第六項の事実は原告等がその主張の調停の申立を鰍沢簡易裁判所になしたる点は認めるがその余は否認する。

原告主張の第七項の主張も凡て否認する。却て原告は昭和二十五年十一月頃被告並被告近隣の借地人に対し地代の値上並借地契約書の差入を要求し来りたるが誰も之に応ぜざりしため立消えとなりたる事実あり、若し本訴において主張するが如き事実あらば当時何故に之を主張せざりしや、帰するところ原告等は自己の恣意を達せんがため事実を捏造して之を主張し被告に対し明渡を求むるものにして正に権利の濫用に該当すべく茲に之を主張する次第であると陳述した。〈立証省略〉

理由

被告の亡兄忠平が大正十一年中本件土地七筆即ち山梨県南巨摩郡増穂町青柳第六百九十一番地の一、第六百九十一番地の三、第六百九十一番地の四、第六百九十七番地、第七百番地の一、第七百番地の二、第七百番地の三の各土地(添付図面参照)を原告角倉真一の親権者であり法定代理人としての母かめよから賃借したこと右借賃が坪当り一ケ年二十四銭年末払の約であつたことは当事者間に争がない。

原告等は(一)忠平に於て右土地を牛乳搾取業にのみ利用すること、(二)右営業を廃止したり又は原告角倉が成人した暁には返還を受けるという解除条件が付いていたと主張し、被告は忠平が本件土地を賃借したのは弟である被告を分家させるためであつて特別の使用目的を定めず又右の様な条件はつけなかつたと主張するにより按ずるに、証人角倉かめよ同秋山芳一同石沢羊一同土屋ます代の各証言並原告角倉真一同石沢房一各訊問の結果を綜合して考えてみると次の如き事情が判り、結局本件賃貸借契約は所謂期間の定めなき賃貸借なることが認定し得られる。即ち原告真一の父は健、母はかめよといつたが大正十一年頃当時既に健は亡く母かめよが真一以下五人の子供を拘え一家を主宰して生計を立てていたが、亡父の兄石沢孝十郎の仲介に依り真一が家督相続により承継した田畑の内本件の前記七筆の当時桑園であつた畑を被告の兄忠平に賃貸することに意を決したが其の条件等につき親戚の秋山芳一その他二、三の者にも相談して原告主張の様な(一)長子真一が成人して家業の農業ができる様になつた時又はその以前でも牛乳搾取業が不振となり廃業するような時は返還すること、(二)土地の使用目的は牛乳搾取業経営のためなることの二条件を定めかめよと忠平との間の仲介者であつた右孝十郎に伝えこの条件の下に契約を締結すべく一切を同人に委せたところ、孝十郎は元来かめよに奨めて忠平に本件土地を賃貸させるに至つたのは自分の被雇先の主人であり且忠平の妻ます代の実弟である秋山政蔵の要請に依つて動いた結果であつて孝十郎にとつて忠平はいわば自分の主家の姉の夫であり主人筋に当つていた関係上憚つて契約の効果を制限するこの条件が右政蔵や忠平に伝へることができず右条件更に期限の点にも殊更触れず尠くとも正式に之を問題とすることなく結局契約終了の点については何等協定することなく契約を締結してしまつたことが窺えるのである。さればこそ昭和三年頃原告真一が二十二才の頃秋山源兵衛方の奉公先から帰家し愈々独立して一家を経営するというので右条件の履行を忠平並被告忠則等に求めんとしその仲介を孝十郎に申入れたが同人は前記事情ある故当惑して忠平等に申伝えることができず荏苒日を送つたわけである。以上の事情により原告主張の明渡の条件は被告側に伝わらずかめよの代理人として孝十郎は期間の定めなき契約を締結したものである。次に然らば使用目的の点は如何、前顕各証拠殊に証人土屋ます代の証言に依ると忠平が本件土地を借受けんとした目的は二あり一は即ち当時甲府市伊勢町に於て牛乳搾取業を営んでいた保寿社の支店を設けんとしたこと一は実弟被告をして所謂分家して世帯を持たせようとしたためであることが窺はれる。即ち当時右保寿社に勤務していた実弟忠則の分家と営業の拡張との一石二鳥をねらつたものであつたことは推測するに難くないが契約締結に当つては右分家の目的は土地使用の目的としては表面に現れず当事者間に明示されなかつたことが認められる。何となれば前記認定の如く賃貸人側としては契約終了に関する条件を付さんと意図した位であるから分家の目的なることが原告側に伝わらんか原告は賃貸借関係の長期に亘ることを虞れ契約の締結は実現を危ぶまれたわけであり、分家の目的ということは原告側の意図するところとは全面的に衝突する結果となることは明白であるからである。故に原告主張の如く牛乳搾取業に供するためとの目的のみが表立つて当事者間に協定せられたものと認めるのが自然である。被告主張の如く特段の使用目的を定めずして四百余坪の本件土地を而も原告角倉家のすぐ傍の土地を借す筈がなく被告は借受直後桑園の桑を抜いて牛の放牧場としたことが認められるが、若し使用目的が定められなかつたとすればそれについて原告側が異議を挾まない筈はないであろう(原告側がこれにつき異議を述べた証拠はない)。即ち以上を要約すれば原告真一の法定代理人としてかめよは大正十一年中亡夫の兄石沢孝十郎を代理人として被告の兄忠平に本件七筆の土地を牛乳搾取業経営に供する目的を以て別に期間等定めず賃貸料坪当り年二十四銭但し年末払の約を以て賃貸した次第である。

ところが幾許もなく忠平は本件第六百九十一番地の一、第六百九十一番地の四、第七百番地の一に跨り居宅並その附属建物を建設してしまつたので(添付図面(A)の1(A)の2(A)の3の各建物)、かめよは事の意外に驚いたものの義兄孝十郎の主筋に当る忠平の行動に反対もならず黙認するの已むなきに到つた次第である。茲に於て本件土地の使用目的は各建物の敷地並その囲繞地たる屋敷の部分につき建物所有の目的と変更せられたわけである。その範囲は検証の結果に依ると同検証調書附属図面(即添付図面)中淡紅色線を以て囲まれた部分でありこの部分が右敷地と認むべきことにつき当事者間争がないのである。蓋し一般通念を以てするも牛乳搾取の目的と建物所有の目的とは直接の関連がないし当事者殊に賃貸人の側として予想外の別個の目的と認むべき事態が発生したわけであるし且後記の通り借地法上も別個の取扱を受くる性格のものであるから、到底建物所有の目的は牛乳搾取なる目的の範囲に包含せられるものと認むるを得ないからである。而して忠平が右居宅建設後これが所有権と本件賃借権とを弟たる被告忠則に譲渡しかめよは之を承認し以て被告に於て忠平の権利義務を承継したこと、本件土地の内第七百番地の一並第七百番地の三の二筆を原告石沢房一の父勇蔵が昭和二年中原告角倉真一より譲渡を受け更に原告房一が昭和二十年父勇蔵の死亡に因りその家督を相続して右二筆の所有権を取得し以て本件賃貸借契約上の貸主としての地位を承継したことは何れも当事者間争なき事実である。よつて進んで原告等の主張する本件土地明渡の問題を審究するに、先づ原告等主張の原告等が前記真一が成人した時若しくは被告が事業を休止したときは返還を受くべき条件であつたとの理由により本件土地の返還を求める点は前記認定の通りその様な条件は本件契約に附せられなかつたのであるから、この点に於て既に理由なきものといわなければならない。

次に原告等は民法第六百十七条に規定する事由に依る解約を主張するに依りこの点を考えるのに、先づ本件土地が借地法の適用ある土地なりや否やを考えなければならない。借地法は民法の特別法として優先適用さるべきものであるからである。而して借地法はその第一条に規定する通り「建物の所有を目的とする」賃借権に適用あるものであるから本件賃貸借は建物の所有を目的とするものなりや否やを決しなければならないわけである。この点につき既に前記認定の住宅の敷地並その屋敷たる囲繞地の部分が借地法の適用あるは論なきところ、然らば爾余の牛乳搾取の目的に供用せられる部分は如何。

思うに「建物所有の目的」とは土地使用の主たる目的が建物を築造所有するに在る場合を指すものと解すべきである。従つて仮令建物を築造所有してもこれが土地使用の主要目的と認むべきでない場合は借地法の適用はないというべきである(大判昭和一五、一一、二七民集一九巻二、一一〇頁参照)。抑牛乳搾取とは牛を放牧して飼育しその牛より搾乳することであるから従つてその目的に使用せられる土地は放牧場が大部分であり搾乳場その他に使用せられる建物の用地は極めて僅少であるべき性質の仕事である。尠くとも本件においては正に然りである。検証の結果に依ると(同附属図面即添付図面参照)、目的土地四百十坪の内前記居宅の敷地並囲繞地と認むべき部分百五十五坪を控除した牛乳搾取用地と目すべき範囲二百五十五坪の内事業用建物は二棟でその敷地は僅か三十坪五合に過ぎない。即ち二百五十五坪に対する約一割二分に過ぎないわけである(当初の四百十坪に対比すればその七分四厘に過ぎない)。この割合この数字自体からして右二百五十五坪の部分が主として建物所有の目的に供用せられ又は供用せらるべきものと認め得ざること殆んど論議の余地はない。

然らば右部分には借地法の適用なきわけであるから賃貸借期間の定めなき本件に於て民法第六百十七条の適用あること正に原告等主張の通りと解すべきである(本件は収穫季節ある土地の賃貸借ではないから同法第二項の適用はない。)。然らば同条所定の通り一年の予告を以て解約をすることができるわけである。原告等は昭和二十六年一月被告を相手取り鰍沢簡易裁判所に本件土地明渡の調停申立をなし以て解約の申入をなしたるがその時より既に右所要期間経過したるを以て右申入は既に効果を生じ契約は終了しているから被告は二百五十五坪の搾乳供用地を原告等に明渡すべきであると主張するところ、右調停申立並解約申入の事実は被告の認むるところであり且原告角倉(第一回)並同石沢訊問の結果に依り之を明認し得べく(仮に右調停申立に依る解約の申入にして効力なしとするも、原告本人等の各訊問の結果に依れば、原告等は右調停申立以前においても屡々被告に対し本件土地返還の請求を為し来りたる事実を認め得べく、尚昭和二十九年五月二十五日の口頭弁論においても更に改めて右主張を繰返しおるところ以上各申入の日時より本件最終口頭弁論期日迄に所要の一年の期間を経過しおることは特に述ぶる迄もなきことである。)、然らば被告は原告等主張の通り其の地上に建設しある第一目録記載の牛舎並物置各一棟を収去し第二並第三目録記載の土地を夫々原告等に明渡すべき義務あるものというべきである。

被告は本件明渡の請求は権利の濫用なる旨抗争するのでこの点を考えて見ると、証人小林保二の証言並原告等各訊問の結果に当審検証の結果を綜合するに、被告は既に今次大平洋戦争終了頃よりその搾乳業なる営業を廃止し本件明渡請求に係る土地の部分は本来の搾乳目的に供しおらず殆んど空閑地として放置しあることが認められるから、正に原告等主張の如き用途に活用することこそ当事者に対する公平という見地から見るも一般公共の福祉の点よりも考えるも正当なる結論と認めざるを得ない。被告は企業再建の計画が坐折しおるのは本件訴訟繋属に依るものなる旨主張するが、前顕各証拠並弁論の全趣旨を綜合すれば、企業再建の成らざるは然らずして他の理由、即ち被告自身老齢且病弱であつて経営の衝に当れないこと、企業再建には相当多額の資金を要するところその調達困難なること、次第に大企業に圧迫されて小規模の個人企業を以てしては採算に乗らざること等の理由に依ることが看取せられ得るところで、企業再建というも極めて困難なることといわなければならない。寧ろ現在の被告の地位境遇よりすれば牛乳取次販売業の方がより適当でありこれならば本件土地を明渡すも残余の土地にて事足りる次第である。よつて権利濫用の主張も理由がない。次に賃料の点であるが昭和二十五年一月一日以降の賃料が凡て滞つておること、その額は坪当り年額二十四銭年末払の約なることは当事者間争なく、而して原告等は被告に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和二十六年十月十日以降坪当り月額金壱円九十四銭への増額を求めおるところ、思うに本件明渡を求める土地は前述の如く借地法の適用なく従つて同法第十二条の適用はないが、併し同条に規定するが如く借賃が土地に対する租税その他の公課の増加若しくは地価の昂騰又は比隣の土地のそれに比し不相当に低額になつたと認められる事情あるときは相当額迄賃貸人に於て増額の請求を為し得るは一般慣習法の認むべきである。よつて本件においても右と同様と解すべきところ、成立に争なき甲第一号証に依れば本件土地に対する相当賃料は昭和二十五年八月一日以降坪当り月額金壱円九十四銭なることを認め得べく、尤も同号証は地代家賃統制令に依る原告角倉に対する所謂認可額の指令書であり地代家賃統制令はその第二条に規定する通り建物所有の目的で賃借せられた土地の借賃について適用があるものであるから本件搾乳供用地には直接の適用はなき理であるが相当借賃額認定の基準となして支障なきものである。よつて昭和二十五年八月一日以降の本件土地に対する相当借賃額は月額坪当り金壱円九十四銭と認定する。而して原告等は本件訴の提起に依つて被告に対し地代増額を請求し該訴状が昭和二十六年十月九日被告に送達せられたことは当裁判所に顕著な事実であるからその翌日以降右相当額迄本件借賃額は増額せられたものと認むべきである。

然らば原告等が被告に対し求める本件建物収去土地明渡の請求並右土地に対する昭和二十五年一月一日以降同二十六年十月九日迄坪当り年額金弐拾四銭、同二十六年十月十日以降明渡済に至る迄坪当り月額金壱円九十四銭の各借賃並損害金の支払を求める本訴請求は爾余の点に対する判断をまたず凡て理由があるから之を正当として認容すべきものとする。よつて仮執行の宣言につき民事訴訟法第百九十六条訴訟費用の負担につき同法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 千代浦昌美)

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